2009年04月01日
2009年01月09日
昨日は、取引先へ企画提案
打ち合わせ開始20分でほぼOKがでる。
まぁいいときなんていうのはこんなものかと
出して頂いたコーヒーが冷める前に会社をでた。
鼻歌交じりで帰ってきて
一仕事
夕方にお世話になってる先生と
セレクトショップへ新年のご挨拶へ伺う
先生には色々と釘をさされ
本日、20分で企画が決まったことなんて
一気にどっかへふっとんでいった。
油断大敵だ
そしてセレクトショップさんでは
オーナーが不在していたので
今までゆっくりと話すことができなかった
店員さんと話す。
すると
「イナダイさんはもっと怖い方だと思っていました」とのこと。
なぜ?と聞くと
「スタッフのT永 Tさんが大さんは怖いって‥」
と話してくれた。
えーえー私は怖いですよ。
男子に対しては!!
と補足し、そそくさとアトリエにもどりました。
そして今、僕が本当に怖くなったらどうなるのかを
教えてやろうと色々と考えをめぐらせている途中です。
( ───┬___───┬)ジロッリ
打ち合わせ開始20分でほぼOKがでる。
まぁいいときなんていうのはこんなものかと
出して頂いたコーヒーが冷める前に会社をでた。
鼻歌交じりで帰ってきて
一仕事
夕方にお世話になってる先生と
セレクトショップへ新年のご挨拶へ伺う
先生には色々と釘をさされ
本日、20分で企画が決まったことなんて
一気にどっかへふっとんでいった。
油断大敵だ
そしてセレクトショップさんでは
オーナーが不在していたので
今までゆっくりと話すことができなかった
店員さんと話す。
すると
「イナダイさんはもっと怖い方だと思っていました」とのこと。
なぜ?と聞くと
「スタッフのT永 Tさんが大さんは怖いって‥」
と話してくれた。
えーえー私は怖いですよ。
男子に対しては!!
と補足し、そそくさとアトリエにもどりました。
そして今、僕が本当に怖くなったらどうなるのかを
教えてやろうと色々と考えをめぐらせている途中です。
( ───┬___───┬)ジロッリ
2009年01月08日
年々、子供の写真付きのお年賀が増える。
三十路を前にすると本当に少子化なのか疑問なほどだ。
そんなことを思っていたら
一本の電話がかかってきた
昔お世話になっていた方が天に召されたという知らせ
ほんとに長い闘病生活を知っていたので
何となく心の準備ができていた。
お通夜に行くと友や知人がすでに集まっていた
泣き崩れる友人達をおきざりにして
焼香をあげて会場をでると、奥様と会った
数年ぶりだったが憔悴しきっていたのが
一目でわかった。それなのに
「来てくれてありがとう、大ちゃんひげ生やして大人になったね」
と声をかけてくれた。
僕はその言葉に返す言葉がみつからず涙を流してしまった
ここに来る前に車中で絶対に涙を流さないと決めていた。
それは最後に見舞いに行ったとき
帰り際にふと
「泣くなよ」と言われ
「え?」と返すと
「オレが死んでも」
というささいな冗談だったかもしれないが
何か大きな約束を交わしたような気になっていた為だ。
その昔、一緒に舞台をつくっていたときに
公演が終わった打ち上げで、その頃
ド貧乏だった僕達は寒空の中ドラム缶の上に缶ビールをおき
1袋200円の柿ピーを分け合いながら
どんなに苦しくてもあきらめないでがんばろうと誓いあった夜があって
苦しくなるとその柿ピーを思い出してがんばってこれたこと
you tubeのお色気動画を観ながら二人で
「思春期に戻りたい〜!!」とバカなことを言い合ったこと
アトリエを北堀江に移したとき
お祝いに駆けつけてくれ
ビールを差し入れしてくれたものの
「電車賃使ったから帰りの電車賃を貸してくれ」
というやりとりがあったこと
舞台で同じ汗と涙を流したこと
一度流れ出したものはもう止めることができなかった
僕が慰めるはずの皆に僕が支えられしばらく時間を過ごした
日が変わってからもなぜか皆帰ることができずに
それからはずっと泣かずにそこにいる皆で朝まで
そばにいることができた。
今、天に召されたあなたの分も僕達はがんばりますと
それぞれ胸に誓いあった。
どうぞ安らかに‥
三十路を前にすると本当に少子化なのか疑問なほどだ。
そんなことを思っていたら
一本の電話がかかってきた
昔お世話になっていた方が天に召されたという知らせ
ほんとに長い闘病生活を知っていたので
何となく心の準備ができていた。
お通夜に行くと友や知人がすでに集まっていた
泣き崩れる友人達をおきざりにして
焼香をあげて会場をでると、奥様と会った
数年ぶりだったが憔悴しきっていたのが
一目でわかった。それなのに
「来てくれてありがとう、大ちゃんひげ生やして大人になったね」
と声をかけてくれた。
僕はその言葉に返す言葉がみつからず涙を流してしまった
ここに来る前に車中で絶対に涙を流さないと決めていた。
それは最後に見舞いに行ったとき
帰り際にふと
「泣くなよ」と言われ
「え?」と返すと
「オレが死んでも」
というささいな冗談だったかもしれないが
何か大きな約束を交わしたような気になっていた為だ。
その昔、一緒に舞台をつくっていたときに
公演が終わった打ち上げで、その頃
ド貧乏だった僕達は寒空の中ドラム缶の上に缶ビールをおき
1袋200円の柿ピーを分け合いながら
どんなに苦しくてもあきらめないでがんばろうと誓いあった夜があって
苦しくなるとその柿ピーを思い出してがんばってこれたこと
you tubeのお色気動画を観ながら二人で
「思春期に戻りたい〜!!」とバカなことを言い合ったこと
アトリエを北堀江に移したとき
お祝いに駆けつけてくれ
ビールを差し入れしてくれたものの
「電車賃使ったから帰りの電車賃を貸してくれ」
というやりとりがあったこと
舞台で同じ汗と涙を流したこと
一度流れ出したものはもう止めることができなかった
僕が慰めるはずの皆に僕が支えられしばらく時間を過ごした
日が変わってからもなぜか皆帰ることができずに
それからはずっと泣かずにそこにいる皆で朝まで
そばにいることができた。
今、天に召されたあなたの分も僕達はがんばりますと
それぞれ胸に誓いあった。
どうぞ安らかに‥












